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 日本の文化

「和(wa)」にはいろいろな意味があります。  ①声を合わせる、調子を合わせる ②合う、一緒になる、混ぜ合わせる、合える ③和らぐ、なごむ、仲よくすること、平和 ④しずまる、穏やかになる ⑤なごやか、のどか、おとなしい ⑥足し合わせたもの、加えて得た総和の値 ⑦大和の国、日本、倭 ⑧日本式、日本風、日本製、日本語  最近は、日本の高級品というイメージも獲得しているように思います。 「和」の漢字は、声を出すという意味を表す「口(kuchi)」と音を表す「禾(ka)」から成り、その「禾」の音の意味は「加(kuwaeru:add)」です。従って「和」の字の意味は「声に声が加わり唱和する」ということになります。平仮名の「わ(wa)」は、和の草書体、「和」の右側の「口」の部分が「わ」の右側の丸くなったところです。カタカナの「ワ(wa)」は同じく「口」で、□ではなく▽のように書いたところからその「▽」が「ワ」になりました。 「和」の漢字の読み方(発音)は、沢山あって中国の発音を元にした「ワ、オ、カ」、日本で大和言葉を元にした「やわ、やわら、らわらぐ、やわらげる、なご、なごむ、なごやか、あえ、あえる、より など」があります。人名に「和」の漢字が使われた場合は、前出の中国や大和言葉の発音を元にしたものの他に「あい、かず、かた、かつ、かのう、すず、たか、ちか、とし、とみ、とも、のどか、ひとし、まさ、みきた、やす、やすし、やまと、よし、わたる など」があります。人名に「和」の漢字を取り込もうとした工夫ですが、いかに「和」が日本人に好まれているかがわかります。 ところで「輪(wa)」という漢字は、「リング、円いもの、車輪」などの意味と発音が wa であるため、「和」と通じるところがあると日本人は思っています。オリンピックのことを日本では5つのリングの形状から「五輪(gorin)」とも言います。そして、5つのリングの形状からだけでなく、この「輪(wa)」からも平和をイメージします。偶然ですが、「輪」は rin とも発音し、リングを想起させます。 日本最初の憲法、「十七条の憲法」が聖徳太子によって作られたのが604年(イギリスで七王時代が始まった頃)。その第一条に「和を以て貴しと為し、忤(さか:saka)ふること無きを宗とせよ。」と有ります。忤(さか:saka)ふるとは「逆らう、食い違う、乱れる」という意味ですから、調和を乱すことです。第一条は「和を大切にしなさい、調和を乱してはいけません」という意味です。この憲法は現在の憲法と違い、字が読める役人に対して道徳的な規範を示すものなので、穿った見方をすれば、「役人は黙って俺の言うことを聞いていればいいんだ」ということで現代にも通じるところがあるように感じます。 何れにしても、「和」は日本古来、もっとも重要なキーワードであったと言えるでしょう。 さらに「和」は、「大和」や「倭」など、日本を指し示すものとして古くから使われていました。 日本人は、雨が多く四季のある南北に長い島国で平野部の少ない地に住む、採集・農耕民族でした。また日本は、イギリスのグレートブリテン島のように大陸から目と鼻の先の島ではなく、大陸からは程よく離れています。もちろん地続きの国境もありませんから、異民族の襲来も少なくて済みました。近くで採集できる食べ物も多く、魚など水辺の食べ物も豊富で、農耕をしていましたから、生活のために移動する必要もなく、狭い領域で生活することができました。 このためみんなと生活の「和」取ることが大切で、「和」を乱すとその地域では住みにくくなます。さらには農耕には、水遣りや土地の改良、植え付け、収穫などの共同作業が多いため「和」が重視されました。やがて憲法にも謳われ、「和」の心が広く日本人に浸透したのではないでしょうか。 この「和」が、自己主張や、仲間から突出すること、目立つことを控えさせ、仲間外れになることを恐れさせたと考えられます。そして、日本人の特質とも言われる「曖昧」や「甘え」「縮み志向」「恥」「おとなしさ」などにつながったのではと思います。 さらに日本の四季と多様な自然の恵みと、台風や地震、火山と言った自然災害の脅威は、春夏秋冬、自然の脅威に対処できる術・工夫を日本列島に住む者に強要したと言えるでしょう。その結果、日本人は「まじめさ」や「器用さ」「改善工夫の心」を獲得したのではないでしょうか。 そして、自然の恵みと自然災害の脅威は、神が一人(一柱)ではなく、多くの神がいると信じさせるに十分な根拠を人々に与えました。農作物を大きく育てる雨と日照りをもたらす神が同じ神とは信じがたいのです。農作物を豊かに実らす太陽と、その実りを台無しにする嵐が同じ神の仕業とは思えないのです。雨の神・風の神を怒らせれば嵐になり、陽の神を怒らせれば日照りになると考えました。ここに、雨の神と陽の神が誕生します。そして、それらがアニミズムにつながったのではないでしょうか。 また、日本が島国であることを自覚していた日本人は、日本の西には大陸があり、そこには日本の文化文明の手本となるような進んだ文化文明があると、欧米には取り入れるべきすぐれた文化文明があると、長年にわたって刷り込まれ育ってきているように思います。 このことが、中国の文字である漢字を使い、海外から取り入れた言葉をその発音のままカタカナで表し、インド発祥の思想である仏教を受け入れることに繋がっています。中国・朝鮮文化を導入する素地となり、日本文化に花開きました。そして未だに日本人は外国かぶれ(影響を受けやすいこと)、欧米かぶれの気質を引きずっているのです。おそらく漢字やカタカナの混ざった日本語を使う限り、この性向は変わらないでしょう。おそらく1000年以上。

和食

和食の一般的な説明は他に譲って、「HaFu」独自の視点で解説します。 和食が、世界遺産に登録され、よく話題に上がるようになりました。しかし和食って何かと問われると、何となくしか答えられないのではないでしょうか。和食に対して洋食というものがあります。洋風料理ですね。フランス料理、イタリア料理、ドイツ料理、ロシア料理、メキシコ料理など。「アメリカ料理」というのはあまり聞いたことがありません。アメリカの食べ物でホットドックやハンバーグ、フライドチキン、ビーフステーキなどは有名ですが、「アメリカ料理」とはあまり言わないですよね。外国の料理が洋食かと言えばそうでもありません。タイ料理や、インドネシア料理、フィリピン料理、ベトナム料理などはアジア料理と呼ばれますし、中国料理や韓国料理はアジアの料理にも関わらず、中華料理、韓国料理の認識で、アジアンテイストとは言わないでしょう。インド料理やメキシコ料理も洋食とは言いません。洋食=ヨーロッパ料理と言っても間違いなさそうです。 では和食=日本料理でしょうか、違いますね。お好み焼き、肉じゃが、すき焼き、ラーメンなどは日本人に好まれる日本料理には間違いないのですが、和食かと言われると「?」が付きます。カレーや餃子に至っては、日本食になっているにも関わらず、日本料理とは言わないでしょう。和食はむしろ和風料理というべきなのかもしれませんが、あいまいです。世界中の料理が、あいまいに存在するのが日本の料理と言ったところでしょうか。 日本は米を主体とした農業国であるため、食事は米を炊いた「ご飯」を中心に、おいしくご飯を食べるための添え物としての「おかず」が有ります。「おかず」は 「お数」と漢字では書きます。よく、子供たちは「おかずが少ない」とか「おかずが足りない」とか文句を言います。楽しくおいしく食事をするための添え物が料理だったのですね。 日本ではご飯のことを「主食」とも言います。ご飯の他にも炭水化物である うどん・そば・ソーメン・ラーメンなどの麺類も主食と呼びます。主食に対し「副食」が「おかず」である野菜・肉・魚料理などです。和食はこの主食と副食が明確に認識されているところも特徴の一つです。懐石料理であるコース料理では副食であるおかずが多くメインとなって、主食であるごはんや麺類はごく少ない場合や、出されない場合もあります。丼ものは、主食のご飯の上に副食をかぶせた料理、うどんやそば、ラーメンなどの麺類は主食と副食を汁と一緒にした料理と言えます。ただし、麺類でもざるそばやソーメンなど主食の麺と汁・副食(ない場合もある)を分けた料理もあります。小麦粉をこねて焼いた、大阪名物料理「お好み焼き」は主食にも副食にもなります。 なお、「お米」を炊いて調理したものが「ご飯」で、ご飯をお米とは言いません。また、お米をご飯とは言いません。しかし、パンや麺類の食事が続いた場合は、「ご飯が食べたい」とも「お米が食べたい」とも言います。ご飯をつくることは「米を料理する」とは言いません。「お米を炊く」あるいは「ご飯を炊く」と言います。日本人のお米に対する関心の強さがこのような表現を生んだと言えるのではないでしょうか。 日本は、四季が明確で、南北に長い山の多い島国です。そのため食材は、海の物、山の物と豊かです。それで、日本人は何でも食べます。生魚料理の刺身は世界的に有名になりました。タコやナマコも食べます。中にはベジタリアンや食物アレルギーの人もいますが、ほとんどの人は好き嫌いこそあれ、忌避すべき食べ物は有りません。そのことが日本の料理を、海外の料理も取り入れて多様に発展させた原動力かもしれません。ですから、食材で避けるべきものがある人は、注意が必要です。悪気なく、そのことに無頓着な日本人は多いのです。 日本人が、アメリカやイタリアのレストランで料理を注文すると、笑ってしまうほど余りにも分量が多過ぎることが有ります。ということは、アメリカ人やイタリア人は日本人からすると大食漢で、逆にアメリカ人、イタリア人からすれば日本人は小食ということになります。その日本人の作った日本料理ですから、分量は少なめに感じるでしょう。食事の予約や料理の注文時に分量も確認し、少ないようであれば主食を増やしてもらうなど工夫がいるかもしれません。もっとも、少量でもゆっくり食べることで満腹中枢が働き思いのほかお腹がいっぱいになるものですが。 混雑したレストランでは、相席を要求される場合もあります。これも「和」の文化の表れとして甘受するのが和食を楽しむコツです。「袖触れ合うも他生の縁」という言葉が有ります。「袖」は着物の袖のこと、「他生」とは現世ではなく前世という意味、「縁」は何らかの繋がりですから、「隣にいるのもきっと訳あってのことだから仲よくしましょう」という意味です。相席の時こそ、相席になった方と話をしてみてはどうでしょう。 「洋食」は外国料理ではなく西洋料理のこと、カレーやラーメンは、洋食とは言わず「インド料理」、「中華料理」と言います。「インドのカレー」と特に謳っていない場合、カレーは日本風にアレンジされたカレーです。 中華料理も、多くの場合日本風にアレンジされています。ハンバーグも、日本生まれのモスバーガーショップには、日本風にアレンジされたハンバーガー?があります。 和食には、器を持ち上げて食べる食事スタイルがあります。京都漆器工芸協同組合 理事長の話では、器を口元に運んで食べるのは、洋の東西を問わずあまりないそうで、特に器を口に付けてスープを飲むのは、日本の食事スタイルの特徴と言えるそうです。器を手で持ち上げるために、軽く、熱いスープを入れても熱くて持てないなどといったことが無い器が求められました。漆器は熱伝導性が低く抗菌性があるので、器を持って食べる食事スタイルにぴったりの容器だったのです。 和食の味を決定付けるのは、調味料である「醤油」です。料理の下味として、料理に直接かけるソースとして、また薄めてスープとしても使います。日本人が海外旅行に、よく持って行くものとして醤油があります。外国の料理でも、醤油をかけると一気に日本風の味になり、口に合わない料理が続く場合も、しのぐことができるからです。海外でも売られていると思いますが、お土産にいかがですか?  粉末醤油もありますよ。


日本人が外国人に味あわせてみたい和食材/料理

梅干し

酸っぱい、塩辛い。食べた人がどんな顔をするか注目の的になります。この梅干し、酸っぱさの素の酸の抗菌作用や抗酸化作用を示す成分で、食べ物の腐敗菌の増殖を多少防ぎます。それでお弁当のご飯の上によく置かれます。四角いお弁当箱の真ん中に置くと、白いご飯に赤い丸い梅干しで、ちょうど日本の国旗のように見えるので、「日の丸弁当」などと言われます。 「日の丸弁当」は梅干しの他に、おかずの無いお弁当なので、粗末な弁当の代名詞でもありました。しかしもっと貧乏な暮らしを描いた落語の中には、梅干しの匂いを嗅いでおかずとし、ご飯だけを食べる話があります。それほど、貧乏を象徴するような商品も今では、高くなって高級商品となっています。味も、酸っぱさが減り、甘くなって、食べやすくなっていますが、その分抗菌作用も減っています。日本文化の一端を示す代表的に食べ物ですから、できれば酸っぱく塩辛い昔ながらの梅干しを是非ご賞味あれ。 なお梅干しは、わざわざ買わなくても、小さな梅干しになりますが旅館の朝食や、ホテルの和食バイキングにも必ずと言っていいほど出てきます。 ちなみに、紀伊の「田辺の梅システム」は世界農業遺産に認定されており、いくつもの梅干しの名品が生み出されています。

塩辛

お通し(突き出し)にもよく出てくる、魚介類の身や内臓を塩につけ発酵させた塩辛い食べ物。最もよく知られた塩辛は、イカの塩辛で、イカの身と内臓小さく切りと塩を混ぜ、内蔵の酵素と微生物で発酵させて作る。 へしこ、明太子と並んで、日本3旨塩料理。海外でも同様の食品はあると思いますが、日本の塩辛が旨味があってやっぱり一番と感じるのは、日本人だからでしょうか。

糸を引く食べ物

糸を引く食べ物の代表格が納豆。独特の臭みと糸を引くので、日本人の中にも嫌いな人は大勢いる。とろろ昆布や、芽昆布、もずく などの海藻類。山芋のすりおろし。じゅんさい料理は独特の食感を持つ和食として喜ばれます。

納豆

起源は、鎌倉時代、藁の上に落ちた煮豆(大豆)が、藁にいる納豆菌の繁殖で糸引き納豆になったものを、男たちが腐っているから食べるなと押しとどめたにもかかわらず、おばあさんが“もったいない”と食べて、これは“いける”と、今度は自分から作りだしたのが納豆の始まりだと確信しています。この“もったいない”が無ければ、きっと納豆はこの世に生まれてなかったでしょう。納豆も“もったいない”という日本文化の権化だと想いながら食すると、また一味違ったものになります。 納豆は、箸でよくかき混ぜると粘りが出てしばらく置くと旨味も出てきて美味しいとか、それでかき混ぜる回数が50回とか、100回とか、300回とか、400回とかいろいろ説があるようですが、私は手間を考えると50回で十分なように思います。美味しく食べるには、かき混ぜる回数よりも、一緒に混ぜ合わせる薬味が重要ではないかと思います。私が必須と考える薬味は、ダシと小さく切ったネギ、あればなおよい薬味は、からし、ウズラの生卵、刻みのり。これらの薬味を入れて混ぜた納豆を、炊きたてご飯と一緒に食べればもう最高。しかし、日本人の半分は納豆の匂いが嫌いで、食べないようです。そこで納豆メーカーは、匂いを押さえた納豆を開発したり、薬味を工夫したりと改善に余念が有りません。 旅館の朝食や、和食レストランの朝食セットなどにはよく納豆が付きます。様々なところから来られるお客ように匂いの少ない納豆が用意されているようです。納豆嫌いの方も是非トライして、納豆デビューを果たしましょう。 ところで納豆は現在でも、大豆を茹でて、藁に包み人が暖かいと感じる程度(40度ほど)に暖かくしておけば2日程で納豆菌が増殖して納豆ができます。藁が無いときは、市販の納豆を蒸し大豆100粒に対して5粒程度混ぜ、同じように暖かくしておけばできます。詳しい作り方は各自でお調べください。 さてここで問題です。「納豆の日」というのがあります。何月何日でしょう。日本人を10年ほどやっていれば大抵の人はわかるのでは? 答えは、ずっと後に。

お刺身

日本の料理として有名。今から150年ほど前まで、日本人は肉食をほとんどしませんでした。それは、牛や馬が農耕で働く大切な仲間であったため、食べるという気にはあまりならなかったのでしょう。また農業、採集、漁労でタンパク質も少ないながらも必要な量は確保できていたのでしょう。そんな訳で、肉よりも魚、獲れたての魚を食べるようになったのではないでしょうか。 お刺身なら何でも、どこの店でも美味しいとは限りません。いろいろな種類のお刺身や多くのお店があるので、どこで何を食べるのがいいか、食通の日本人に相談した方が良いように思います。漁港で地元の人にお刺身の美味しい店を教えてもらうのが一番。タコや、イカ、貝、ウニなど魚以外も是非味わってください。 「お刺身」という言葉ですが、「お」は丁寧語の「お」、「刺身」が魚の切り身のことを指す言葉で、「刺」は “刀の尖った先で突き刺す” 意味、「身」は「身体、肉」の意味、「切り身」でなく「刺」という文字を使ったのは「切る」が刀で人を切るときにも使う、どちらかというと忌み嫌われる言葉であるからとも、お刺身にすると何の魚かわからなくなるので魚の尾鰭(おびれ)を切り身に刺してわかるようにしたからとも、言われています。(刺すのが忌み嫌われないのかは?)  海外でも「SASIMI」で通用していると思いますが、日本人も「さしみ(sasimi)」を漢字の意味で理解しているのではなく、音の「sasimi」で認識しています。魚介類だけでなく、生の肉も、例えば馬の肉なら「馬刺し:basasi」、鶏の生肉なら「鶏刺し:torisasi」などと言いますが、食中毒予防のため、最近ではほとんど提供されなくなっています。

わさび(wasabi)

日本原産の香辛料で、その根茎を擦って、お刺身や江戸前にぎりのお寿司に付ける薬味です。大人は好のんでつける人が多いのですが、たいていの子供は嫌がるので子供に刺身を食べさせるときは、わさび無し(わさびを付けない)が良いでしょう。小指の先ほども食べると “Oh!” が “Mh!” になった感じになり涙が出てきます。日本語では「鼻にツーン:tsu~n とくる」と表現します。音はしません。 わさびのツーンとした辛さは、わさびのすり方によって変わります。鮫皮でできたおろし器のような細かな目のおろし器で練るように細かく擦って、わさびの細胞から辛み成分や香りがたくさん出るとツーンと辛くなります。このツーンの素は、醤油で消えてしまうので、わさびは醤油に溶かすのではなく、刺身の醤油をつけないところにつけて食べるとツーンが楽しめます。洋わさびだとツーンより「辛」味が強いそうです。 ちなみに、わさびがお刺身に使われ、毒消しとも言われるのは、食中毒の菌に対して抗菌効果を持つためで、平安時代にも薬草として、江戸時代には魚の生臭み消しとして用いられていたからだそうです。 なお「詫び寂(wabisabi)」と発音が似ていますが、関係ありません。

寿司

海外でも「ushi」と呼ばれ、グローバルメニューとなってしまったので、今更という感じがしないでもないですが、「sushi」 は主に握り寿司のことではないでしょうか。日本には、握り寿司の他、巻き寿司、手巻き寿司、ちらし寿司(五目寿司・ばら寿司・かやく寿司とも)、押し寿司(鯖寿司、バッテラ、鱒寿司など)、茶巾寿司(海苔の代わりに薄焼き卵で包んだ寿司)、手毬寿司(小さな丸い寿司)、なれ寿司(鮒寿司)ほか、回転する寿司、高速往復する寿司、対面手作り寿司、魚の生け捕り寿司などがあるので、本家 「sushi」 はまだまだ味合わせてみたい料理と言えるでしょう。

生卵

旅館の朝食によく出ます。日本の卵は生で食べることを想定して品質管理されていますし、無精卵で雛にはかえりませんから安心です。生卵を食べるのは日本人だけのようですが、日本に来たら是非、日本の味としてお試しあれ。

海苔

海藻を乾かして板状にしたもので業界では板海苔と言う。みりんと醤油で甘辛く味つけした味付け海苔と、味付けしていない海苔があります。栄養豊富でぱりぱりとした食感で子供たちにも大人気。旅館の朝食の3大副食「生卵、納豆、味付け海苔」の一つとなっています。 海苔巻きの外側の黒い皮で、海苔巻きにした状態では湿って噛み切りにくくなるが、これが海苔巻きの中のすし飯や具材を結束するのに役立っており、絶妙の組み合わせとなっています。 また、おにぎりの包み材としても用いられ、食べる直前にご飯を巻くよう工夫されたコンビニおにぎりは、大発明で発明者は大儲けをしたとのことです。 板海苔は、縦横21㎝×19㎝の全形を基本とし、あとは小さく切っていくことにより様々なサイズを作っています。Halfが半切(ハンサイ)、quarterが四切(ヨンサイ)、八切(ハッサイ)、小型味付け海苔が1/12で12切(ジュウニサイ)と言います。どうも西洋風の切り方のように感じますが、三切(サンサイ)、六切(ロクサイ)もあるので、和風だと安心しました。ところで、全形の大きさは流通と製造装置から統一されてきたようで、ちょっとおもしろくないなと感じているのは私だけでしょうか? なお、海苔の佃煮は、板海苔の親戚で、味付け板海苔を水で練ると海苔の佃煮もどきになります。

こんにゃく

食物繊維がいっぱい、カロリーほぼ0のヘルシー素材、プリンプリンの食感が美味しい。文章の中で分かり易いようにカタカナで「コンニャク」と書き表すことも多いようです。漢字では蒟蒻と書きますが、ほとんど使われていません。日本人でも多くの人が読めないでしょうし、ましてかける人はほとんどいないでしょう。英語では「devil's tongue」なんて言い方もあるようですが、それはちょっとコンニャクに失礼です。美味しく料理できる食材ですから。

豆腐

海外でもかなり有名になってきた食材で、大豆を炊いて絞った搾り汁の豆乳に、海水からとったにがりを入れて固めた、柔らかくプレーンな素材。豆腐は「豆が腐る」と書き表しますが「腐」は、「腐る」ではなく固まると解釈すると府に落ちるのですが、固まる前のドロッとした感じを「腐」で表したのでしょうか? もっとも中国では「臭豆腐」と言うのがあって、本当に臭い。まさに腐っている。そのお店の周囲20・30メートルは、近寄りがたい臭気で、日本の豆腐はその豆腐とは全く異なるのでご安心を。湯豆腐や冷ややっこがおいしい。厚めに切って油で揚げると厚揚げに、薄く切って揚げると、アゲ(おあげ、油げ、おあげさん)になる。アゲは、いなり寿司の皮の部分の材料、きつねうどんの「きつね」はアゲのことを言います。 高野豆腐は、高野山のお坊さんが冬に豆腐を外に出したままに凍らせてしまって、これは困ったと乾燥させたものの名前が全国に広がったもので、きっと日本各地で豆腐を凍らせて凍り豆腐作ってしまっていたに違いない。 家庭の冷蔵庫の冷凍室で豆腐を凍らせると解凍してもヘチマのようになって食べられなくなりますが、高野豆腐は水につけて戻すとスポンジのように膨らんで、味付けておいしく食べられます。精進料理によく出てきます。

麺類

そば、ざるそば、ラーメン、そうめん、きしめん、うどんなど。イタリア料理のスパゲティも麺類ですがが、ここでいう麺類は和食の麺類のことです。欧米の外国人が麺類を食べると、お箸をどのように使って食べるかに視線が注がれてしまいます。最近は、お箸の使い方がなっていない若者も多く、お箸で麺類をうまく食べられない日本人もよく見かけます。日本人の日本食離れのためか、それともお箸がうまく使えないから日本食より、洋食やファーストフードが好まれるのか? 日本人としてちょっと嘆かわしく思ってしまいます。

粉もん

小麦粉を使った料理で、日本風にアレンジされた料理。ただし、麺類やパン・ケーキ類、餃子、団子などは含まないとした方が意味が明確で、通じやすいでしょう。「お好み焼き」「たこ焼き」が代表格、大阪の料理として有名です。素材が一緒でもパンやケーキ、クッキーの類とは味も形も似ても似つかない、是非お試しあれ。 ちなみに小麦粉は「メリケン粉」とも呼ばれます。「メリケン(meriken)」は「american」の「a」の音が聞き取れずに「メリケン」となったものです。「粉」は「こ(ko)」と発音し「powder」の意味。

天ぷら

英語で「Tempura」と表記され、これもグローバルメニューの仲間入り。野菜や魚介類を、小麦粉を水で溶いた衣をつけ油で揚げる料理方法は西洋にもあっただろうに、なぜ天ぷらが日本料理として名をはせたのか不思議。やっぱり、おいしいからでしょうか。 天丼、天ぷらうどん、天かすなどが天ぷらから派生した料理。

駅弁

主に鉄道の駅や列車内で販売されている弁当で、鉄道の普及と共に創り出されたようです。日本各地に種々ありますが、有名なのは陶器でできた器に入った信州の「峠の釜めし」や、富山の「ますのすし」、福井の「越前カニめし」、北海道 森駅の「いかめし」、安芸の宮島の「あなごめし」、秋田の「鶏めし」、アサリやアナゴが詰まった東京の「深川めし弁当」、おかずにシウマイが詰まった横浜の「シウマイ弁当」、高崎駅の「だるま弁当」、山形県庄内の「牛肉どまん中」、道後温泉の「鯛めし弁当」、奈良の「柿の葉寿司」などなど。 全国に2000種以上、たいていの鉄道の駅で売っている人気の料理です。

和牛

アメリカに行って分厚いステーキを頼んだら、堅くて食べられなかったという話をよく聞きます。多くの日本人は、肉の中に脂肪が混ざり柔らかい肉質の、霜降り(shimofuri)と呼ばれる「和牛肉」を好みます。海外でも、とろけるようだと和牛に舌鼓する人が増えています。一方、日本人でも、霜降り肉は脂っこくて好みではないと言う人も多くいます。 「和牛」は、日本在来の牛と外国の牛を交配し改良した食肉用の牛で、その遺伝子を受け継いだ牛のこと。日本生まれあるいは日本育ちの牛というわけではありません。「和牛」は霜降り肉になるよう育てられ、その肉は高額で取引されます。「和牛」と言っても純粋な日本の牛でもないし、日本で生まれ育った牛とも限りません。「和牛」は高級牛肉のブランド名、「和」は高級というイメージを与えています。 「神戸ビーフ」「近江牛」「松阪牛」「のざき牛」など、「和牛(wagyu)」とは称さない牛(肉牛:nikugyu)または牛肉(牛肉:gyuniku)がたくさんあります。これらは「和牛」が国産に限らないことから、日本のその地域で最も長く飼育されているなどの基準を設け、その地域名などを冠した名前を付けています。そして「和牛」より高いブランドイメージを誇っています。「和牛」と言わなくても、と言うよりむしろ、「どこで生まれたかわからない和牛」ではないということをアピールしています。 「洋牛」という言葉はありません。ブランドイメージの高い「和牛」に対してわざわざ「洋牛」などと表現するのはナンセンスです。「和牛」は、外国から輸入される“牛肉”に対する“日本の牛肉”という意味で、牛肉のほとんどが輸入品ですから、「牛」と表現するだけで十分なのでしょう。 「牛」の漢字は、生きている牛のことを指すときは、ushi(牛:訓読み)と発音しますが、精肉された牛の肉(niku:呉音・訓読み)になるとgyu(牛:漢音)・gyuniku(牛肉)と発音することが多いようです。「牛(ushi)を食べたい」の台詞からイメージするのは、レストランの牛肉料理ではなく、「どんな牛の肉でもどんな料理でもよいから牛の肉を食べたい」っといった感じですが、「牛(gyu)を食べたい」(あまりこのような言い方しない)あるいは「牛肉(gyuniku)を食べたい」の台詞からイメージするのは、レストランや家で料理された牛肉料理だったり、豚や鶏肉ではない牛肉の料理です。  但し「和牛(wagyu)」と言うときは、牧場であれば生きている牛のことを、レストランであれば和牛肉のことを指すでしょう。waushi(和牛)、あるいは waniku(和肉)とは言いません。ushiniku(牛肉)と言うことはありますが希です。ちなみに「和(wa:呉音)」の訓読みは「やわらぐ・なごむ」です。

和室

一般的には畳敷きの部屋を和室と呼んでいます。和室は、お膳を置いて食事をすればダイニングルームになり、座卓を置いてお茶を飲むときはリビングルームになります。蒲団を敷いて寝ればベッドルームにもなります。いろいろと使える日本の自在文化の代表とも言えるでしょう。  日本の住宅は、玄関で靴など履物を脱いで上がります。畳でなくフローリングの部屋であっても履物を脱ぐのは同じです。フローリングの部屋を「洋室」と言いますが、フォローリングの上に絨毯を敷いて寝転んでテレビを見る使い方は、畳み敷きの和室と同じ使い方です。畳敷きの部屋だけでなく、履物を脱いで上がる形式の部屋も、和室の一つと考えてもいいのではと思います。

和服

着物や浴衣のことを和服と言います。浴衣も着物の一つですが「着物」とは呼びません。「着物」の漢字の意味は、着る物、すなわち身にまとう物という意味です。「浴衣(yukata)」の漢字の意味は、お風呂の着物の意味です。ちなみに「和装」は和服を着た装いのことです。「洋装」は洋服を着た装いのことです。 和服は、自在性が高く、同じ一着の着方次第で背の高い人でも、背の低い人でも着られるようになっています。また、作りは平面構成ですので、畳んで収納できます。 日本人はみんな着物を着ているなんてことは江戸時代まで(1869年 アメリカ大陸横断鉄道の開通したころまで)のことで、今現在は、1000人に一人ぐらいしか着ていないのではないのでしょうか、ただし京都は西陣という着物の街があり、着物を着た旅行者にいろいろな特典を与えたりしていますので、他の街よりずっと着物を着ている割合が多くなって、それでも100人に一人ぐらいでしょう。 しかし、特別な日、例えばお正月や成人の日(1月の第2月曜日)や、学校の卒業式などでは、手持ちの着物やレンタルの着物を身に付ける人が多くいます。特別な日の特別なところでは、和服の割合が10人に一人ほどと多くなったり、あるいは全員が和服であったりします。京都市長が、和服で様々なイベントに出場するのは、少しでも和服を宣伝しようという取組の一環です。 和服を身に付けると気分上々で京都を堪能できます。和服を着るのは難しいのですが、その着方を教えてくれるサービス付のレンタル着物屋が京都には何軒もあります。人力車に乗って写真を撮ってもらっている舞妓さん姿の人は、舞妓さんに変身するサービスで舞妓姿になっている一般の人がいますから、本物の舞妓さんと間違わないように。時間的な余裕があれば、是非、着物で京の街を歩いてみてください。 和服で女性がトイレに行くにはどうすればいいのかご存知ですか? 昔は、下着に相当する着物類の腰巻・襦袢 などを身に付け、足を通す形のパンツ類ははいていませんでした。だから着物の裾をまくり上げ裾先を帯にはさんでしゃがめば、用を足すことができました。さて今は、 よく知らないのでレンタル着物屋さんに聞いてください。洗濯ばさみも貸してくれたり ・・・・・・ 和服に対して、欧米から伝わった立体裁断の服を「洋服」と言います。平面的で、紙のように折りたためるのは和服の大きな特徴です。

和紙

植物系である日本では、文字や絵を描く素材も植物で、植物の葉っぱや、竹や木片である板でした。やがて中国から紙がもたらされ、楮(こうぞ)や三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)などを素材とする和紙ができるのですが、もともと植物素材で記録していましたから、自然な流れと言えるでしょう。 西欧では、古代エジプトで使われていた植物系であるパピルスが並行して羊皮紙が使われていました。紙としての品質の劣るパピルスに対し、中国から上質の植物系の紙が入るまでは、紙は動物系の羊皮紙だったと言えます。 和紙の特徴は、丈夫で長い植物繊維でできているため破れにくく、独特の肌目を持っており木や土など自然と馴染みやすい風合いがあることです。そのため、和紙を主体にした工芸品やお土産品もたくさんあり、デザイン材料としても重宝する素材です。

和紙の利用

障子(障子紙)/襖(唐紙)/ついたて/屏風/表装(三栖紙・宇陀紙・薄美濃紙)/壁紙/和傘(美川森下柿渋紙・国栖柿渋紙)/扇子/団扇/照明器具(雲竜紙・落水紙)/提灯(提灯紙)/折り紙(千代紙)/紙風船/紙人形(千代紙)貼り箱(友禅紙)/書道(奉書紙・画仙紙・写経用紙)/書画(画仙紙)/水引/紙衣(紙布)/包装紙 和紙は、2014年11月、国連教育科学文化機関(ユネスコ)によって無形文化遺産に登録されています。名称は「和紙 日本の手漉(てすき)和紙技術」で、内容は、原料に「楮」のみを用いる等、伝統的な製法による手漉和紙の製作技術を、伝統的工芸技術として提案したもので、「石州半紙(せきしゅうばんし)」(島根県浜田市)と「本美濃紙(ほんみのし)」(岐阜県美濃市)、「細川紙(ほそかわし)」(埼玉県小川町、東秩父村)の3つで構成されています。 詳細:文化庁資料

和蝋燭

西欧も日本もロウソク(蝋燭:ほとんどの日本人は、この漢字が読めても書けない)は、照明と祈りのために使われています。西欧のロウソクの素材は、ミツバチの巣の蜜蝋や獣脂や鯨の油です。日本では、大陸から伝わったのは蜜蝋だったと考えられますが、その後はぜの蝋や漆の蝋などを使った植物系の原料を使った和ロウソクが開発され、1900年代初頭までロウソクと言えば和ロウソクでした。 西欧のロウソクの原料は動物系であるため、その炎からは油煙が出て、天井や壁に付くとべたついて落としにくくなります。一方、植物系の原料を使った和ロウソクの炎からもススが出ますが、乾燥した感じで拭き取り易いものです。 なお和ロウソクは芯も、植物であるイグサと和紙を使ったものです。

日本

さて、「和」が、日本を示す言葉なら、その「日本」は何を示す言葉なのでしょう。ここにも、日本の文化の重要な要素が隠れています。

日本の意味

「日本」という言葉が最初にあらわれるのは、大化の改新(645年 ササン朝ペルシアが滅亡した頃)の頃で、「日出づる処(hi izuru tokoro)」の意味。奈良時代(710年~794年 東ローマ皇帝レオ3世の時代)に呉音で読んで「にっぽん(nippon)」あるいは「にほん(nihon)」と称されていたのですが、平安時代には和訓で「ひのもと(hinomoto)」と言うようになったということです。 なお、日(hi)は太陽のこと、太陽の象形文字。本(moto)は木の根幹のことで転じて物事の根源や元のこと。字形は木の根幹の形で象形文字。 「本」にはいろいろな意味があり、①根本的な大事なこと ②元の ③主な ④本当の、正しい ⑤本番の ⑥植物 ⑦書物・書籍 ⑧文書・書類 ⑨細長い物を数える場合の数詞 ⑩この、当の ⑪私の、自分の ⑫武道の勝負を数える場合の数詞 など多様です。 「日出づる処」すなわち「日本(hinomoto)」とは、結局、大陸を主体として、東に位置する国と言う意味ですから、名づけの主体が大陸にある名前、あるいは大陸を強く意識した名前と言えるでしょう。この名前の付け方は、現代の日本人が大陸、即ち「海外=外国」を強く意識するのと同根であると感じられます。日本と言う名前が使われ出した頃から、日本人は「外国に弱い」、あるいは「外国被れ」だったと考えられるのです。 大陸にはどのようにしても勝てない日本ですが、唯一日の出は大陸に勝てる日本のコアコンピタンスとして意識されていました。日本は大陸の東にあるのですから日の出は日本の方が早いのです。 日本の子供が太陽を赤丸で書くのは、日本の国旗、「日章旗」あるいは「日の丸」とも言いますが、日の丸が赤い丸で描かれていることによります。 平安時代には赤字に金丸の日の丸が使われていたらしいのですが、12世紀後半頃から現在の白地に赤の日の丸が定着していったようです。 その日の丸がなぜ、赤いかと言うと「出づる日」すなわち「朝日」、赤い太陽だからです。朝日の色は、実際には赤と言うより朱ですが、中間色より純色の方が象徴的なので、朱にはならず赤となったのでしょう。日の丸の赤は、日本の「見え」と言えるかもしれません。 日本人は、古代から大陸には文化の進んだ国があると刷り込まれています。自分たちの文化文明は世界の後塵を拝していると、今も昔も心のどこかで思っているのです。そのことが日本人の性格や文化に大きな影響を与えることになりました。一部の例外はありますが、海外の文化文明を拒否することなく受け入れました。 自分たちが世界の中心ではない、もっともすぐれた文化・文明が世界にはあるだろうということは、中世の中国やヨーロッパとの交易・交流でさらに確固たるものとなり、アメリカの黒船来訪に至って決定的なものとなりました。 明治政府は、盛んに欧米の技術・文化を導入し近代化を図ったわけですが、そうした動きに連動して庶民も欧米の文化文明に憧れを持つようになりました。現代においても心の表裏・表奥に、欧米を中心とした西洋文化文明、とりわけ欧州の文化文明に憧れと畏敬の念を持っているのです。 「日本」は、「nippon」とも「nihon」とも発音しますが、NHK放送文化研究所のHPには『国号「日本」の読み方は、公式に定められたものがありません。国レベルでは、昭和9(1934)年に当時の文部省臨時国語調査会が呼称統一案として「ニッポン(nippon)」にすることを決議しましたが、政府で採択されず、正式な決定がないまま現在に至っています。』と掲載されています。 大阪には「nippon」が似合っていると思いますが、京都にはやはり「nihon」でしょう。日本料理、日本庭園、日本画は、nihonryourinihonteiennihonga と発音していただけると嬉しいですね、京都人としては。

日本の基本情報

島国

古代、日本は異称として大八洲(おおやしま)とも呼ばれていました。「古事記」には、「淡路,伊予,隠岐,筑紫 (九州) ,壱岐,対馬,佐渡,大倭豊秋津島 (本州) の八つの島から成る」とあります。「淡路」は淡路島、「伊予」は四国、「筑紫」は九州、「大倭豊秋津島」は本州のことですから、日本は古来島国として明確に意識されていました。ただし、北海道と沖縄は、認識外だったように思います。 「大」は「大きい、主な」の意味、「八」は「多い、沢山」の意味、「洲」は水に囲まれた土地のことですから、「大八洲」は「大きな八つの島を中心とした多くの島々からなる国」という意味なのですが、この「洲」すなわち「島」であるところが、また日本のコアコンピタンスだったのです。  1.外国から侵略されにくいこと  2.海外から入ってきてしまったものは拒否することが難しく、何でも受ける受け皿になること  3.日本という、纏まりを常に意識できたこと  4.日本から外へ出ることが難しく、住人は他の者との関係を意識しないと生活しづらく、「和」という概念が発達したこと 日本では「外国」のことを「海外」とも言います。特に日本を起点として「外国」を言う場合は「海外」と言います。「海外旅行」「海外リゾート」「海外ニュース」「海外トレンド」「海外留学」「海外生活」「海外マーケット」「海外法人」「海外ドラマ」「海外ビジネス」「海外戦略」「海外送金」などなど。「海外旅行」が「外国旅行」と言い換えられることはありますが、それ以外は「海外」を「外国」と置き換えることは少ないでしょう。 一方「外国」と言う場合は「外国人」「外国語」「外国地図」「外国切手」「諸外国」「外国為替」「外国株」「外国出願」などなど、外国に起点があります。これらの中で「外国」を「海外」と言い換えることはほとんどありません。「外国」という場合は、「日本以外のその国」と論理的に表現しているのです。 「海外」という言葉には、日本人の海外に対する憧れと、畏敬の念がちょっぴり含まれています。「海外」と言う言葉が島国である日本を象徴しているとも言えそうです。

日本の特徴

自在/変化

日本のものの特徴として、一つのものがいろいろな用途に使える、使い方次第で何にでも使える、用途や機能を変化させることがでます。その分使い方、変化のさせ方に工夫や技が必要となるのですが、国土が狭く小さな日本の家にとっては、都合のいいことだったのではないでしょうか。 和室は、家具や使用物を変えるだけで、ダイニングルーム、リビングルーム、ベッドルームと使い分けすることができます。対して洋室の用途は決まっており、簡単には用途を変えることはできません。 和服は、着付け次第で同じものを背の高い人も低い人も、痩せた人も太った人も(限度はありますが)着こなすことができます。対して洋服は、同じ服を身長や体格が異なる人が着ることはできません。 着付け(着衣)は難しく、二三度着ただけではうまく着付けることができません。そのため着付け教室が日本中に有りますし、着付けの先生や着付けを職業としている人も多くいます。ヨーロッパが舞台の映画で、コルセットを数人がかりで装着している場面がありましたが、それは“力”が必要だからでしょう。和服の着付けは技が必要です。そういう意味でも自在と技は一体と言えるでしょう。着付けが悪いと、少し歩いただけで着衣の形が崩れ、みっともなくなってしまいます。レンタルの着物が流行っていますが、基本着付けがセットになっています。 風呂敷は、モノを包むための布で、風呂で自分の着ていた服を包んだことから「風呂敷」と呼ばれるようになりました。包み方・結び方次第で、着物や箱や、スイカ、お酒の瓶など何でもうまく包むことができます。使わないときは平面的に畳むことができるので非常にコンパクトになります。西洋のカバンに相当しますが、用途、容量ともカバンの比ではなく自在です。 箸は、洋食のナイフ、フォーク、スプーンに当ります。箸一つで日本料理を食べつくすことができます。その分、使い方・持ち方は難しく、若者の半分は箸を正しく持つことができていません。食事が洋風になったのと、子供のときに箸の使い方を時間を掛けて教えなくなってきているからでしょう。なお箸一膳で、日本料理を食べられるのは、日本料理が箸で食べられるようになっているからでもあります。

平面(2次元的)

芸術でも工芸でも生活用品でも、西欧の物と比較すると平面的です。 動き回る動物である獲物を追って、あるいは牧畜を追って山野を駆け巡る生活は、立体的に物事を捉えなければ成立し得ません。一方 地面に貼りついている植物は、地面と同様に平面的に捉えることが可能です。また、円柱形を基本形とした動物の皮や骨から衣服や入れ物や道具を作ればおのずと形は立体的になります。引力に抗する植物は、丈夫な幹を垂直に伸ばします。植物をベースに、住居や道具や衣服を作れば、自然と垂直、水平、平摩えん的な形が多く現れます。 モンゴロイドである日本人の顔は西洋人と比べると平面的です。日本語では「のっぺりしている」とか「ぺちゃんこな鼻」とか表現します。一方西洋人の顔は、鼻が高く眉間が出て目が窪んでいます。白雪姫の絵本ではすごい鷲鼻の悪いばあさんが出てくるのですが、本当にその絵本のような鼻の形をした人を実際に見てびっくりしたことが有ります。顔の形は、お面に反映します。能面は、般若の面のように立体的な物もありますが、全体的に西洋の仮面と比べれば平面的なように思います。 四季が明確で、自然災害が多く、狭い国土で暮らすためには、工夫や努力が必要です。生活のための衣類や用具や道具は多くを持つより、多少使いづらくてもその利用の仕方を工夫し、少なくコンパクトにまとめ、みんなで使いまわせる方が理に適っていました。そこに、自在の文化が成立します。衣服や外出時の荷物入れは平面的であることで、自在がより鮮明になります。そして日本文化に平面的な要素が多くなった一因にも思うのですが。   折り紙 : 日本の折り紙は世界に冠する芸術性、緻密さ、多様さ、緻密さを誇ります。二次元的な紙を折り、生活や祭祀に使う様々なものを作り出しています。紙を使った包装も、ただ包むだけでなく折を活かしてさまざまな装飾を工夫しています。それは単に装飾や機能だけでなく、約束事としての意味合いを持つようになっています。 和服 : 一反の布(巾36~38㎝、長さ11.5~12.5m)で、一着の着物が出来上がります。平面的に畳むことができ、畳んで重ねて、型崩れすることなく収納することができます。平面的に畳めることが、季節に合わせて要らない衣服を収納するためには、大変好都合です。また、多少の身長差、胴回りの差があっても着られる着物は、年齢や世代を超えて使い回すことができ、少なくコンパクトに生活する日本にぴったりだったと言えます。この使い回しは、日本の「もったいない」にも関連しているでしょう。 風呂敷 : カバンと対照される風呂敷ですが、自在文化の象徴とも言える存在です。使うときは荷の形に合わせて色々な形になりますが、折りたためば和服同様四角い平面になります。カバンと称されるもので、使わないときは平面状になるものはあまりないのではないでしょうか。 日本画 : 日本画の明確な定義はないのですが、画材に岩絵具や膠などを湿式(水性)で使っている場合が多く、洋画に比べ平面的な表現が多く見受けられます。対して洋画は、画材に油絵の具などを使いますが立体的な表現が多く見受けられます。石作りの洋建築の場合の壁画はフレスコでした。羊皮紙やキャンバスを使った絵画はテンペラや油絵の具を使いますが、何れもいわゆる水性ではありませんから、塗り重ねや、削り取り、追描画などが可能です。 日本の昔の建築が木と紙でできていると言われているように、部屋の壁となるふすまの表面は紙でできています。古代、書は木や竹に墨で書かれていましたが、紙が普及してからは紙に書くのが一般的になりました。絵画についても、紙に墨という水性のモノがベースにありますから、水性の絵の具、水彩画で展開されてきたのでしょう。水彩の特徴は、塗り重ねが難しく、一度塗った色は落とせないこと、明るい色、白色などは、紙の色を残すという描き方をします。失敗できないから、練習して腕をあげるか、いくつも描いて出来の良いモノだけを残すか、下書きをして、塗り絵のように塗っていきます。うまい画家が一気呵成に描き上げると、元祖マンガの鳥獣戯画のようにアウトライン画になりますし、下書きに合わせ塗り絵にするとどうしても色の面構成になりがちです。外形線はともかく、描かれた面は結局平面的です。 木版画は、モチーフや構成は立体的でも、もともと色面で構成する絵ですから、塗り絵同様、平面的になりがちです。 また、日本の気候は、湿度が高めで遠くのものは彩度が落ち、グレーがかったブルーの同系色に収束してしまいますから、風景画の立体表現は空気遠近法が向いています。水墨画では遠方をうまくぼかして遠近感を出している画も多くありますが、水墨画でない絵巻物は空気遠近法を使っていません。そんな絵巻物の透視図法は未熟で、対象の重なり配置によって遠近感を表現していますから、個々の画像は平面的です。 日本画における「平面」は画材、技法によるところもありますが、それ以上に日本人が絵画に対して、写実性を求めるのではなく、構成や、空間より時間に重きを置くことで、美や物語を語らしめているからではないかと思います。 凧 : 和凧は一般的に四角で比較的平面的です。洋凧は四角いものは少なく比較的立体的です。何故でしょう?

縮志向

李 御寧(イ・オリョン)さんが著した『「縮み」志向の日本人』は、小さな空間・今ある時間・一つの所作に物事を詰め込む、縮める、凝縮するのが得意という内容です。 日本は島国で狭い国土のうえ平地がの少ない稲作中心の農業国でしたので、人々は比較的狭い地域で、協同で農作業をしていたのです。農耕は、農耕に大切な水が山によって川の流域が閉じられた形の中に存在することもあって、強い土着性を持っていますから、人も同じところに長く住むという、根が生えた植物のような生活をすることになりました。 同じところに長く住む必然性がありながら、暴風雨、地震、火山爆発と自然の脅威は半端ではありません。必然的にお互い争わず、協力し合い、自己主張はほどほどに、という共通認識が醸成されました。しかしそのような中においても、自分の想いのまま何かをしたいという気持ちが無くなったわけではありません。自我を押さえみんなと仲良く暮らしていくには、他人に邪魔されず、他人の邪魔をしない、自分が采配できる空間、時間というものが欲しかったのでしょう。 車好きな若者からは、車は自分の思うように動いてくれるから好きだとよく聞きます。また、いわゆるオタクは、PCに向かっていれば、世間を気にすることなく、自分の世界に没頭することができるので、オタクになるのだと聞きます。 自己主張が苦手で、仲間とうまくやるのがしんどい者にとって、日本は棲みにくい国なのですが、それでも日本から脱出するとすれば、さらに苦難が待ち受けていることが想像できるので、仕方なく仲間に所属しています。その気持ちのはけ口が、内向き志向となって表れているのです。 日本神話では、神が淤能碁呂島(おのごろじま)を作り天上界から、その島を眺めています。ギリシャ神話でもゼウスやオリンポスの神々が、天上界から地上を眺めています。 このことは、人は、支配できる、言い換えると自分の好き勝手にできることに憧れを感じているということを表しています。 とりわけ植物系の人種である日本人の世界では、仲間との調和を乱す行為は忌み嫌われていますので、自分のテリトリー、自由にできる範囲やプライベートな側面は、内に秘められることになります。それが小さな空間であったり、一瞬の時を感じることであったり、一挙で全てを表したりと、物事を凝縮するということで成し得たのものだったのです。そして日本庭園になり、中庭になり、坪庭、盆栽、茶室、アニメ、フィギア、となって日本人のカタルシスとなっているのです。 従って、盆栽は自然を凝縮したものではなく、自然を模したあくまでも人工それも個人的な人工なのです。日本庭園はその拡大版、あくまでも自然を模した人工なのです。 同じ、縮志向でも、道具や機器の小型化、幕の内弁当などのセット化は、カタルシスとは少し異なる条件によるものです。島国で平地が少ないとうい条件は同じなのですが、さらに地震や台風などの災害が条件に加わることで、様相が異なってきます。 日本は地震が多いため、住居は石造りでなく、軽く丈夫な木を構造材として用いることにしました。その結果、住居の寿命は、石の住居より短く、火災も起きやすいものとなってしまいました。暴風にも耐えられるようにと板葺き屋根の上に載せた石や、瓦葺屋根の土と瓦は、地震に対して弱いという欠点を作ってしまいました。 火災や、自然災害で一般庶民の木造住宅は建替えが頻繁で、そのためコスト的にも抑えられ、建築期間も短いものが喜ばれました。結果的に、小さな木造住宅となっているのです。 四季が明確で、どうしても多くの道具や衣服をストックする必要がありながら、小さな木造住宅での生活や、引っ越しなどの移動があるため、道具や用具のコンパクト化、ノックダウン(組立構造)化、多機能化が強く求められたのです。 その結果、屏風、提灯、重箱、扇子、折り畳み傘などの「組み立て」、幕の内弁当、筆箱などの「組み」となって、また箸や風呂敷、和室、着物などの「自在」となっているのです。

判断・意思決定による時代分類

その時代に生きていた最も高等な生物の意思決定の方法で、時代を分けるとすると

化学変化時代30億年前~生物誕生から核細胞ができるまで。化学変化がその生物の行動を規定していた → 植物 光合成でエネルギーから有機物を作る/体液移動、単細胞動物
刺激変動時代10億年前~単細胞から多細胞。効率の良い有機物摂取。動物、神経
下等脳決定時代5億年前~生理的反応、刺激に対する反応、興奮、遺伝情報による行動
前頭脳決定時代100万年前~思考による判断・意思決定
恐れ・恐怖決定時代5万年前~恐れや恐怖、神・宗教が判断や意思決定に大きくかかわる
論理思考決定時代6千年前~法律や規則など記述されたものをベースに形式上論理的に判断や意思決定がされた
外部脳決定時代西暦2030年~人工知能による判断思考と意思決定
脳物共棲意思決定時代西暦2080年~脳物と人間とが共棲する中で意思決定も共同で行うようになる

技術

ロボット

産業用ロボットの出荷台数世界一は、日本の安川電機という会社ですが、人型ロボットの開発も日本が世界に先行していると言えるでしょう。欧米には、人型ロボット=怖い・人の労働の代替・(フランケンシュタイン)といったイメージがあると聞いていますが、日本のロボットのイメージはそうではありません。 日本が人型ロボットに持つイメージが、プラスイメージで、その開発に熱心な理由は、①開発者が生まれ育ったときに「鉄腕アトム」をはじめとする善良人型ロボットが活躍するアニメがあったこと、 ②手先が器用で細かなことや、修正や改良を積み重ねる擦り合わせ技術が日本人の性に向いていたこと、 ③ きつい (Kitsui) 、汚い (Kitanai) 、危険 (Kiken) の頭文字をとった3Kの仕事は敬遠される、少子化による労働力不足、介護などの高齢者問題など、ニーズがあること、 ではないでしょうか。 また前掲の①の理由から日本人には ロボット=善良人型ロボット の観念が有り、その有用性が認められつつあることから、人型ロボットの開発もますます進んでいくと思われます。今までは立ちすくんだままチラシを配るロボットだったのが、通行人の邪魔にならないように周りの状況を見ながらチラシを配るロボットや、近づいて来る人の年齢や性別からどこに行きたいか、何を買いに来たかなど判断し、適切に案内するようなロボットが登場するようになるのでしょう。 さらに最近は、ジャケットのように身に付け、人の力を増幅させるような、装着型サイボーグロボットが、介護やリハビリ、運搬作業などの仕事場で実用化されています。今まで腰を曲げてようよう歩いていたご老人が腰を延ばして歩けるようになる日が早く来るとうれしいですね。 ロボットの活躍が最も期待される、福島第一原発事故の処理ができるようになるまでには、もう少し時間がかかりそうです。しかし、成長分野にある人型ロボット産業は、日本の技術を活かせる有力な産業として、自動車業界や電機業界が開発にしのぎを削っています。介護の分野ではお年寄りの相手をする、きわめて人間的なロボットの研究開発も進んでいます。 やがて、日本人の得意とする、脳言語思考、例えば「悟り」「阿吽の呼吸」「以心伝心」「ツーと言えばカー」といった表現で示されることまで理解し、コミュニケーションをとる能力をもったロボットを開発していくでしょう。さらには、人々がロボットに懸念する問題、すなわちロボットが心を持ち、過酷で危険な労働を強いた人類に復讐するということが現実になるという心配を、払拭してくれるようなより高度なロボット開発に進んでいくと思います。  ※ サイボーグ(cyborg) : サイバネティック・オーガニズム(Cybernetic Organism)の略。身体の筋肉や臓器などの器官を、メカや人工臓器に置き替えること、またはそれを施した人間や動物のこと。

自動販売機

日本の自動販売機は、日本の思考と技術力を端的に表している日本文化の象徴です。自販機と略され、日本国内に現在500万台以上が設置されています。この数字は、日本の人口の約25人に1台の割合で、アメリカの約45人に1台と比較しても格段に多くなっています。何を持って自販機というのかはっきりしないところがありますが、駅の切符販売機や、プリクラと呼ばれる写真撮影ブースや、トイレのティッシュ販売機、駅の新聞販売機、ガチャガチャと呼ばれる子供のミニ玩具販売機まで含めると、その倍ぐらいになるのではと推測してしまいます。 もともとは、狭いお店で、人手をかけず儲ける手段として導入された自販機ですが、今やその取扱い商品は、ブラジャーやパンツ、本や名刺まで、もう何でもあるという感じです。機能も物販に限らず、写真撮影や名刺作成などの他、WiFi基地局や災害情報サイージ、AED(Automated External Defibrillator:自動体外式除細動器)を備えたものまであります。近づくと「冷たいお飲み物はいかがですか」とか「あったかいコーヒーで、あったまりませんか」とか呼びかけられて、びっくりしてしまう自販機もあります。 またタバコの自動販売機では、買に来た人の顔を画像解析し、成人か未成人かを判断し、販売するか販売しないかを決めるものもあります。 狭いお店の中に置けないので、屋外設置型の自販機が多くあります。こんなところにと思うような畑の中や山の中に設置されているののもありますが、日本のいい治安のおかげで壊されることはあまりないようです。 飲料では、ペットボトルや缶・ビンを販売する自販機だけでなく、紙コップで提供する自販機も、熱い飲み物と冷たい飲み物の両方を販売するのが一般的です。紙コップで提供する飲料は、注文があってからお湯や冷水・氷と飲み物の濃縮原液をブレンドするわけですが、そう遠くない未来には、買いに来た人を画像解析し、好みまで判断して、一番欲しそうな飲み物をお薦めするようになるでしょう。 冬でも夏でも、熱い飲料と冷たい飲料を提供するには、相当量の電力を消費します。さらに夜に目立つように照明や、呼び込みの「声」を発していたら、周りから電気がもったいないとの批判を受けることになるのですが、そんな批判をかわすためにも、災害時の避難誘導を担ったり、太陽電池を乗っけたりした自販機もあります。しかし太陽電池で賄える電力は冷たいペットボトル3本分ぐらいでしょうか? 日本はどこでも、電気やガスなどのインフラはもとより食糧さえも途絶えてしまうような、地震や台風など大災害が発生する可能性があります。そこで、災害支援型自販機と言って、大災害の発生時に無料で、販売している飲料などを提供する自販機が最近増えてきています。 普通の自販機はアジア的と言うか、けばけばしく目立つことを主眼に置いた外観なので、格式を重視するホテルや、京都など景観を大切にする観光地では色やグラフィック、照明などに配慮した自販機を特別に作り設置しています。全ての自販機がそのような所に設置されているデザインであって欲しいと思うところです。 さて、冒頭でも紹介しましたが、日本の自販機の発達過程は、日本の文化が色濃く表れている代表的なものと言えるのです。海外では判断力の乏しい子供でも買えてしまう自販機は、子供の目につくところには設置しない、自販機を撤去し対面販売だけにするなどの配慮がされるのですが、日本の場合は、買う者の利便性が優先され、子供への配慮は欠けています。文化的に未熟なためですが、その解決策として日本人がとる行動の一つは、技術力で子供と大人を判断しようというものです。また、電力を使い過ぎるとの批判には、AEDや災害情報などで必然性を訴え、太陽電池などでかわそうとします。屋外設置が目障り、街の景観に良くないとの批判には、屋内にひっこめるのではなく、色や柄を変え、批判に耐える小屋を造り、その中に設置します。 いずれにしても自販機の存在そのものについて本質的なことを考えるのではなく、お得意の工夫・改善・技術力をもって対処療法的にうまく立ち回るところが、いかにも日本的であるように感じるのですが、いかがでしょう。

ウォシュレット

夕立はあっと言う間に土砂降りになって、さっと上がる。それと同じように世の中にパッと出てきたものは、消えていくのも早い。蒸気機関車も消えた。エジソンが発明した電球も姿を消した。ガソリン車も間もなく無くなる。原発も消えてゆく。携帯電話はスマートホンになって、何に代わっていくのだろう。あっという間に違いない。 それに比べ、雨を避けるための傘は、きっと数万年前の人類が、葉っぱなどで雨を避けたのが始まりだろうが、基本機能は今も変わりないし、消える気配もない。 服も靴も基本は何も変わらない。 最近と言っても1500年ほど前の話だが、その頃日本で使うようになった箸も、いまだに片手を使って2本の棒を操るところは、何も変わらない。 最新のジェット旅客機にもワイパーがついている。窓ガラスのコーティングだけではダメらしい。ゆっくり走行している時には風で雨粒を飛ばすとか、レーザーで雨粒を消すとかがまだできない。 うんこをした後に、おしりを拭くようになったのも数万年前の人類が、草の葉っぱで行ったのが最初だろうか、これも使用する物と基本作業はずっと変わらなかった。ところが昭和になって日本の企業が手と葉っぱに代わるものを発明した。なんと手を使わずに用便後のお尻をきれいにできるのである。人類が何万年も解決できなかったことをやってのけたのである。これほど衝撃的な発明は無い。それがウォシュレットだ。 これは基礎研究や論理学の研究がおろそかでも可能な、応用開発、あるいはすり合わせの技術から生み出されたと考えていいだろう。日本の得意分野・日本の文化が発揮された発明である。 3・40年ほど前から和式から洋式に、2・30年ほど前から洋式はウォシュレットが普通になっている。逆に、古くから洋式トイレを備えていたホテルなどで、ウォシュレットの設置は遅れた。 「ウォシュレット」は、TOTOが販売する温水洗浄便座および商品名でウオッシュとトイレットを合わせた造語で、TOTOの商標。INAXでは、「シャワートイレ」と呼んでいる。 TOTO歴史資料館:山谷館長によると、40年ほど前、商品名を決める会議で、お尻を洗うトイレだから「ウォッシュ・トイレット」を略して「ウォシュレット」と上層部に提案するも「工夫がない」と却下。 担当者は、創業者の石橋の名前を逆にし、ネーミングしたブリジストンをヒントに、名前の由来の一つに「お尻を洗おう」という意味の「レッツ、ウオッシュ」の逆と付け加えたところ、好評を得て、ウォシュレットの名前が誕生した。とのことであるが、個人的にはあとからの作り話ではないかと思っている。(間違っていたらごめんなさい)

通貨

¥:円

日本の通貨単位は「円」由来は諸説ありはっきりしませんが、硬貨の形が円いからでしょうか、でもそれなら世界中「円」と言ってもいいように思いますが・・・? 「丸」と「円」の違いは、「丸」が、小さな丸いもの、球形、丸める、全部 という意味で、「転がる」ところから発しているのに対して、「円」は、まるい、角が立たない、満ち足りて豊か、一帯などの意味で、「丸く囲む」ところから発しています。 そのため「円」は、まるい形の他に「円満」や平面的な円形・輪をイメージさせます。ボールの形は「円」とは言わず「丸」ですが、ボールを半分に切った切り口は平面で「円」です。それでコインは、「丸」でなく「円」なのでしょう。 現行貨幣は、1円玉、5円玉、10円玉、50円玉、100円玉、500円玉の6種類、他に1000円玉などの記念通貨有りますが、ほぼ流通していません。通貨を「玉」で表すのは、意味も通り、「通貨・貨幣」より書きやすく言いやすいからでしょう。「玉」意味は、たからの石、大切なもの、丸いもの の意味。「王」とよく似ていますが別の字。もともと「王」の形であったが、「王」と区別するため「、」を付けて「玉」したものです。 ちなみに「国」は「國」の俗字で、「國」は“囲う”意味の「囗」(口:くち:kuti)ではないと、“コク(koku)”の音を表すと同時に“境界”を意味する「或」を合わせた会意と声を兼ねた文字。「囗」(くにがまえ)の中に「王」が入れば、すっきりするのですが、日本には「王」はいないことや、太平洋戦争の影響もあってか、ちょっと意識し過ぎで「国」になってしまいました。

1円玉

【2015/2/15 2017/9/27改】1円玉はアルミ製でアルミ色、刻印は若木(植物)、何の若木がわかりませんが、「これから大きくなる」という意味で若木でしょうか? お茶の若木かもしれません。 直径20mm、重さ1g、厚さ1.5mm、これは便利。アルミの比重は2.7で水に沈むはずですが、表面張力があって、静かに静かに水面に乗せると沈まずに浮きます。なお、せっかちな者には1円玉浮かせは向いていませんのであしからず。 残念ながら製造原価は約3円と、作れば作るほど赤字になる硬貨。

5円玉

5円玉は、黄銅(真鍮)製で銅と亜鉛の合金、ゴールド、直径22mm、重さ3.75g、厚さは1円玉と同じ1.5mm、刻印は稲穂(植物)と水と歯車、稲穂は稲が稔り米ができたもの、水や歯車も合わせて、農産・水産・工業を表している。豊かな日本を願ったものでしょうか。真ん中に直径5mmの孔が開いています。これは他の硬化と区別しやすくするためと原材料の節約のため。昔の通貨には真ん中に四角い孔が開いているものも多く、紐を通してまとめるのに便利でした。 裏面にも双葉(植物)が2つ刻印されています。この双葉は稲の双葉ではないのでしょうが、表が枯れる前の稲なので、そのバランスをとったのでしょう。木の双葉で林業を表すとも、1円玉の若木と同じ意味合いもあるのでしょう。 「5円」はgoenと発音し、「ご縁(goen)」に通じます。そこで、神社のお賽銭や、お守りによく5円玉が使われます。「ご縁」とは、「縁(en)」を丁寧に表現したもので、「縁」の意味は、人の関係、繋がり、絆 です。

10円玉

銅95%と亜鉛・錫の合金、青銅製。直径23.5mm、重さ4.5g、厚さ1.5mm。銅色、表に京都にある世界遺産の平等院鳳凰堂と唐草(植物)が、裏面には常磐木(ときわぎ:植物)が刻印されています。周囲の仕上げは、1958年(昭和33年)までは溝付き(ギザギザ)だったのですが、今は溝無しになっています。

50円玉

銅75%/ニッケル25%の白銅製で銀色、直径21mm、重さ4g、厚さ1.7mm、孔径約4mm。菊の花(植物)が刻印されています。これも5円玉同様孔が開いています。周囲は溝付き。

100円玉

白銅製で銀色、直径22.6mm、重さ4.8g、厚さ1.7mm。国花である桜花(八重桜:植物)が刻印されています。

500円玉

銅72%/亜鉛20%/ニッケル8%のニッケル黄銅製で銀色。直径26.5mm、重さ7g、厚さ1.8mm。表の刻印は桐(植物)、裏面には小さく上下に竹(植物)、左右に橘(植物)。裏面の500の数字の00の部分を斜め下側から見ると、縦に「500円」と刻印された潜像が見えてきます。また上側から見ると「0」の真ん中に縦線が見えます。周囲は斜めの溝付き、日本国と五百円の地には細い溝が入っています。さらに、桐の葉には微細な穴加工が施されています。これらは偽造防止につけられたものです。

希少硬貨(発行枚数が少ない硬貨)

1円★★平成23年/平成24年/平成25年 ☆平成13年/平成22年
5円★★平成22年/23年/24年/25年 ★平成21年
10円☆昭和33年
50円★★★昭和62年 ★★平成22年/23年/24年/25年
100円☆昭和39年
500円★昭和62年
日本の硬貨の特徴は、孔開き、周囲に刻まれた溝(ギザギザ)、刻印の画像などです。ギザギザは、硬貨の識別と偽造防止のためのもので、コストを掛けない製造には日本の技術力が必要です。そして、刻印の画像、これが日本文化を暗に表しています。海外では、王や首相などの肖像が多いのですが、日本では、6つとも植物が描かれています。別の項で説明したいと思いますが、日本人の姓も、植物や土地に由来のものが非常に多いのです。日本人が、雨が多く四季のある南北に長い島国で平野部の少ない地に住む、採集・農耕民族であったことを思い出してください。

日本の世界遺産

ユネスコ無形文化遺産 21件

日本のユネスコ無形文化遺産の紹介です。 【 】は日本の指定 2008年 【重要無形文化財】 能楽(のうがく)/人形浄瑠璃文楽(にんぎょうじょうるりぶんらく)/歌舞伎(かぶき):伝統的な演技演出様式によって上演される歌舞伎 2009年 【重要無形文化財】 雅楽(ががく)/[新潟] 小千谷縮(おぢやちぢみ)・越後上布(えちごじょうふ) [鹿児島] 甑島のトシドン(こしきじまのとしどん)/[石川] 奥能登のあえのこと(おくのとのあえのこと)/[岩手] 早池峰神楽(はやちねかぐら)/[宮城] 秋保の田植踊(あきうのたうえおどり)/[神奈川] チャッキラコ/[秋田] 大日堂舞楽(だいにちどうぶがく)/[奈良] 題目立(だいもくたて)/[北海道] アイヌ古式舞踊(あいぬこしきぶよう 2010年 【重要無形文化財】 組踊(くみおどり)/[【茨城・栃木] 結城紬(ゆうきつむぎ) 2011年 【重要無形民俗文化財】 [広島] 壬生の花田植(みぶのはなたうえ)/[島根] 佐陀神能(さだしんのう) 2012年 【重要無形民俗文化財】 [和歌山] 那智の田楽(なちのでんがく) 2013年 【文化審議会決定】 和食: 日本人の伝統的な食文化(わしょく にほんじんのでんとうてきなしょくぶんか) 2014年 【重要無形文化財】 和紙:日本の手漉和紙技術 (構成/[島根] 石州半紙・[岐阜] 本美濃紙・[埼玉] 細川紙)(わし にほんのてすきわしぎじゅつ せきしゅうばんし・ほんみのし・ほそかわし)  ※2009年に無形文化遺産に登録された石州半紙に国指定重要無形文化財(保持団体認定)である 本美濃紙、細川紙を追加して拡張登録 2016年 山・鉾・屋台行事(やまほこやたいぎょうじ)(構成/国指定重要無形民俗文化財である山・鉾・屋台行事33件)  ※2009年に無形文化遺産に登録された京都祇園祭の山鉾行事、[茨城] 日立風流物に、国指定重要無形民俗文化財である秩父祭の屋台行事と [埼玉] 神楽、[岐阜] 高山祭の屋台行事などを追加し、計33件の行事として拡張登録 ((以下制作中)) 来訪神(らいほうしん):仮面・仮装の神々(かめんかそうのかみがみ)  ※[鹿児島] 甑島のトシドンに,重要無形民俗文化財である [秋田] 男鹿のナマハゲ,[石川] 能登のアマメハギ,[沖縄] 宮古島の パーントゥ,[山形] 遊佐の小正月行事(アマハゲ),[宮城] 米川の水かぶり,[佐賀] 見島のカセドリ,[岩手] 吉浜のスネカ,[鹿児島] 薩摩硫黄島のメンドン,[鹿児島] 悪石島のボゼを追加して拡張提案【2017年3月末 提案】